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天然痘は3000年余にわたり世界中で不治の病と恐れられ,強い感染力,高い死亡率のため,時に国や民族が滅ぶ遠因ともなった.この天然痘の根絶が達成されたのは,天然痘ワクチンの接種,すなわち種痘の普及に因るところが大きい.ジェンナーが1796年に開発した種痘法は,皮膚に傷をつけ,天然痘ウイルスの近縁型であるワクチニアウイルス(vaccinia virus:VACV)(当時は牛痘ウイルス)を経皮接種するというものである.この方法が著しい成功をおさめたのは,VACVの生体内抗原性によるものとされてきたが,筆者らは,皮膚に傷をつけるという(皮膚乱切法)独特な経路に着目した.まず,VACVを皮膚乱切法,皮下注射,筋肉注射の異なる経路でマウスに接種したところ,皮膚乱切を介して接種した群では脾臓のCD8陽性T細胞数,血清中の抗VACV抗体量が他の経路に比べて有意に増加していた.また,呼吸器におけるウイルス感染防御ではエフェクター記憶T(effector memory T:Tem)細胞とセントラル記憶T(central memory T:Tcm)細胞の双方が必要とされるが,Tem細胞は皮膚乱切法による接種によってのみ誘導されることを示した.さらに,悪性黒色腫の腫瘍抗原を発現する組み換えVACVを用いたワクチン接種は,皮膚乱切を介して接種した場合にのみ腫瘍細胞に対する防御効果が発揮され,皮下注射による接種では効果がみられなかった.筆者らは,皮膚乱切法でVACVが表皮ケラチノサイトへ感染することにより,より多量の抗原が供給されること,そして感染ケラチノサイトが産生する炎症促進因子とが相俟って,この優れた免疫応答の誘導に寄与しているのではないかと述べている.以上の知見は,皮膚の免疫臓器としての新たな役割を深めたものとして注目される.
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