Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
緒言
人体腸内寄生虫の中最も普遍的に感染を見るものは蛔虫であつて,地球上人類の生存する處には蛔虫の寄生が見られる。殊に我が國は氣候温暖なるのみならず,其の生活状態及び食物の關係上其の寄生率頗る高く,從來の統計上よりは12%より90%の數字が擧げられて居る。
太平洋戰爭後は更に其の寄生率は上昇を示し,現今都鄙を通じて國民の殆んど100%に寄生を見るとも謂われるに至つた。然し蛔虫が人体に寄生していても,宿主に對する障礙は殆ど見る可きものの無きこと多く,宿主は又通常殆ど健康なる生活を享樂し得るも,時に諸種の不測の災害を發生することもある。蛔虫の常在部位である小腸内に於てすら. 其の機械的刺戟乃至新陳代謝物質及び死滅虫体融解成分等の吸收による中毒現象等として,例え急性腦膜炎樣症状,原因不明の高熱,劇甚なる咳嗽發作,全身痙攣,失神,惡心,嘔吐,惡阻の増惡,異食症,慢性耳鳴,盜汗,胃痙攣樣疼痛,腸出血等種々の不定症状を惹起し,吾人醫家をして屡々誤診に陥らしめ,あたら名醫をして蛔虫は怪虫なりと歎聲を放たしむる事あるのは日常文獻に散見される處である。尚蛔虫の狹隘な間隙に逆入しようとする性向より異所的嵌入による障礙としては,中耳炎(中耳内より外聴道を經て排出,膽石樣發作(膽道内迷入),肝膿瘍,急性膵臓壞死,膀胱内迷入(尿道より排出,腹壁或は大腿膿瘍内發見,膿胸(肋膜腔内侵入),虫垂内迷入による急性虫垂炎,腸穿孔による急性腹膜炎等が擧げられる。又腸管内嵌入によつては腸閉塞症を惹起する等幾多興味ある經驗例も報告せられている。蛔虫寄生の最も高率なる我が國の現状に思い及べば,吾人は日常診療に際して常に蛔虫による上述の如き諸種の危害の起り得べきを念頭に置き機を失せず適切なる虚置を講するを要するものと思考する。余は嘗て急性腹部疾患(或は急性虫垂炎?)の診斷の下に開腹し之が蛔虫による栓寒性腸閉塞症であつた1例を經驗したので,茲に之を報告し併せて蛔虫性腸開寒症に就て聊か考察を試み度く思うものである。
Copyright © 1949, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.