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編集後記
万年 甫
pp.88
発行日 1964年1月1日
Published Date 1964/1/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1406201599
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本号でこの雑誌も第16巻に入ることになる。編集会議でこれを機に,15巻まで続いた白地に赤の表紙に別れをつげて,あらたなよそおいにしてみたらどうかということが話題になつた。活字の大きさや形はさておき,色をどうするかが最も問題になったが,結局のところお手元に届いたような体裁になった。しかし,ただ漠然とこの色にきめたわけではなく,できるだけ神経に関係のある色をといろいろ考えて神経細胞の染色に慣用されているクレジルヴァイオレットをえらんだのである。読者諸兄の目にはどううつるであろうか。しかし雑誌の生命は意匠にあるのではなく,あくまでも内容の密度にある。今までにまさる力作労作をおよせ願いたい。
労作といえば,俳句の師匠からきいた話がある。神経学とは縁がうすれるかもしれないが,正月の雑談としてお許しねがいたい。その人は興がのって句がたくさんできるとそれを翌朝よみかえし意に満たないものは情容赦なくどんどんけずつてしまう。興ののつている時はどれもよくできたと思うが,一夜あければ少しは冷静になつて昨日はなぜこんな句がよめたかといぶかることも多いという。あとに残つたものは机の中にしまつておく。数日後,さらに1月後に同じことをくりかえし,最後に心にかなつたものを発表するという。句誌「ホトトギス」の撰者高浜虚子さんが在世中同誌上にのせておられた句日記がいつもほぼ一年前の日附の句からなつているのも同じような事情によるのであろう。俳句界の大御所として師と仰ぐ存在のなかつた虚子さんにとつてみずからの句の撰者にあたるものは時間だけだつたのではないかと思う。要するに句をねかせるわけである。
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