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はじめに
そもそも一人の学者,医師の「業績」を評価するとはいかなる営みであろうか。それは(精神)医学史,科学史を含めて歴史記述一般や伝記の場合と同じく容易な課題ではなく,評価する側の時代自体の価値観をもって過去を賛美し,あるいは断罪する弊に陥りやすいことは近年繰り返し指摘されるところである(濱中1998)。過去の学問的業績の評価が時代によって変動することは,19世紀前半ドイツのロマン主義医学時代と後半の自然科学的精神医学の時代,20世紀中葉の人間学的(精神)医学と精神分析が優勢であった時代における生物学的研究に対する評価,そして生物学的・疫学的(精神)医学が支配的になっている昨今における人間学的精神医学および精神分析学に対する評価といった身近な実例に,まざまざと見てとることができるのであって,かつてH. Ey(1952)も指摘した通り,精神医学史はある意味で心理学派と身体学派の循環を繰り返してきたともいえる。現在の価値評価基準が将来,逆転しないことを保証するものは何もない。ことに没後わずか15年の歳月しか経ていない人物の業績を,しかも長年にわたって共同研究者として近しい関係にあった筆者ごとき執筆者が,現在の学問的状況を離れて客観的に眺めるということなど至難の業と言わざるをえない。本稿では従って,少なくとも大橋が生きた時代に極めて多くの精神医学関係者によって読まれ,彼らを学術的・臨床的に刺激したと目される大橋博司の著作の所在を明らかにして,読者に原典を自ら読む手がかりを提供することを第一の目標とし,できるだけ大橋自身をして語らしめ,また次の世代に彼の仕事がどのような形で継承されていったか,という点に主眼を置くこととした。
大橋の仕事については,さまざまな事情で大学退官の折りに業績目録が作成される機会がなかったこともあり,直接に原著にあたって研究していただくのが一番と考えるので,本稿の末尾には主要著作の一覧を可能なかぎり包括的に作成,添付して読者の便を図ることとした。ただし共著については原則として大橋が筆頭著者の著作のみに限定し,そうでない場合は本稿文献などで言及した共同研究者(河合,濱中,大東,波多野など)などの著作をもご参照いただきたい。また主要著作(特に「臨床脳病理学」,「失語症改訂6版」)の文献欄に記載がある彼自身の個別的研究論文や,教科書,全書などへの執筆のうち内容が他と重複すると考えられるものは割愛した。また本稿の文献に挙げていない他の研究者の著作はすべて,大橋の主要著作または二次文献のいずれかに記載がある。
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