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精神医学を科学たらしめようとする試みは,それが前世紀末に現在につながる形で呱々の声をあげて以来,精神医学が抱える大きな課題でありますが,まだ,その段階をいくらも昇っていないというのが現状ではないでしょうか。確かに神経科学や分子生物学の目をみはるような発展の恩恵に浴し,抗精神病薬,抗うつ薬,抗不安薬などの薬理作用や薬物代謝などは動物実験レベルで詳細に解明されており,アルツハイマー病,精神分裂病など多くの精神疾患の遺伝子解析も精力的に進められ,ある程度の知見の集積がなされてきています。MRIやPETなど画像診断の技術革新もめざましく,痴呆性疾患の鑑別などに大きな威力を発揮しており,機能性精神病や神経症でも様々な所見があることが報告されています。
しかし,それでは抗精神病薬によるドーパミン伝達の遮断が,どのような機序で幻覚・妄想や精神運動興奮に奏効するのでしょうか。巨視的にみても,単一のドーパミン受容体の遮断だけでは抗精神病作用そのものを説明できないことはすでに明らかにされていますが,複数のドーパミン受容体遮断を考慮に入れたとしても,その受容体での作用が臨床効果を現すに至る経路は明らかでありません。薬理学上の特徴だけで効率的な薬剤選択ができるわけでもありません。抗うつ薬や抗不安薬においても,その間の事情は同様でありましょう。たとえば,セロトニンの再取り込み阻害作用がなぜ抗うつ効果を発揮するのでしょうか。もちろん,それ以外の薬理作用をもつ薬剤の抗うつ効果がセロトニンへの作用単独では説明できないのも周知の事実であります。メジャーな精神疾患で遺伝子診断ができるものはまだありません。また,同様に画像で診断がつくものもありません。DSM-IVでも明らかなように,ほとんどの精神疾患では,いまだに症候群モデルとしての診断体系が用いられています。
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