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第22回日本精神病理学会は1999年9月30日から10月1日まで,東京の日本都市センターで開催された。大会長は帝京大学医学部精神神経科学教室広瀬徹也教授であり,「精神病理・精神療法学会」という本学会のルーツにちなんで,また今日的な要請から「精神病理と精神療法」というシンポジウムを組んだ趣旨が説明された。学会員数803名,学会参加者408名,一般演題発表数は69題であった。
土居健郎氏の基調講演「臨床と学問」はこの趣旨にもっともふさわしい内容であった。医学における自然科学主義を強調したベルナールでさえ,「実験医学序説」をていねいに読むと実験優位で臨床観察を怠ることで生じる陥穽をすでに指摘しているとの紹介があった。鴎外の自伝的作品「妄想」の引用もあった。主人公は哲学書を読みあさり「どんなに巧みに組み立てられた形而上学でも,一篇の抒情詩に等しい」という思いに達し,かつて自然科学に期待を持ちながら,そういう研究のできない自分の境遇を嘆いていたらしい。その主人公に多くの気持ちを投射したモダニズムの先駆者鴎外が軍の官職にあって,「脚気論争」を引き起こし,判断を誤ったということは,よく知られている。軍隊に脚気が多く,臨床的には米食が原因ではと取り沙汰されていたが,根拠が非科学的であるという理由で鴎外はその主張を退けた。そのため日清・日露戦争では戦死者の中に脚気による病死者数がかなり入っており,臨床の重要性を示唆する歴史的事実であるという。また氏はFreudの精神分析学の功績を前置きしたうえで,その後派生してきた学派の多さに警鐘をならし,体系化された学は死であると言い切った。笠原嘉氏の特別講演「心理学的精神医学」は,すでに学会活動が定着している「生物学的精神医学」を意識したものであった。精神病理学は「症例をして語らしめる」という記述的な方法論をどう洗練させるかという方向性を持っているが,臨床では精神医学に使える概念を作ることを念頭に置くべきであると強調した。その観点でDSM-IVやICD-10が今世紀最大の業績であると評価しながら,操作的診断が症状の羅列に終わる弱点を持っているため,comorbidityでの概念補強が必要であったと述べた。また今後心理学的精神医学が生物学的精神医学と接点を持つとすれば,共同社会の中での病者のありようが鍵になるであろうこと,その際,こと分裂病に関しては,「現実との生ける接触の消失」「自明性の喪失」など,一次性の非社会性が精神病理学的に記述されてきたが,生物学的精神医学の立場の人たちが分裂病では脳の成熟過程ですでに認知の枠組みの片寄りがあり,行動や他人への合わせ方のおかしさなど自己と他者の社会性関連の問題があると気づいており,すでに病理学の言葉を使い始めていることに触れ,病理学と生物学的精神医学には社会性という問題を通して必ず接点があるはずだと締めくくった。
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