巻頭言
薬物依存症と精神医療
成瀬 暢也
1
1埼玉県立精神医療センター
pp.662-663
発行日 2016年8月15日
Published Date 2016/8/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405205210
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わが国の依存症治療の現状をみると,アルコールに関しては標準化された治療システムが最低限普及しているが,薬物については「無医村」的状況が続いている。わが国の問題薬物は,これまで覚せい剤と有機溶剤が主であり,共に精神病状態を引き起こすことから,精神医療が関与せざるを得なかった歴史がある。ただし,中毒性精神病の治療に終始し,依存症の治療は行われてこなかった。現在,わが国の薬物依存症の専門医療機関は全国に10か所程度しかなく,専門とする精神科医は20人にも満たない。一方で薬物依存症の回復支援施設であるダルクが,80施設にまで増加した。このことは,薬物依存症からの回復支援の需要と必要性を示していると同時に,一民間施設であるダルクがその役割を一手に担わざるを得ないわが国の貧困な薬物行政を象徴している。
薬物依存症はどうして敬遠されるのであろうか。最近実施した全国の精神科救急病棟の調査によると,治療が困難な理由は,「治療の継続が難しい」63.2%,「患者の治療意欲が低い」46.1%,「患者が指示やルールに従わない」46.1%,「患者が暴力的・攻撃的」39.5%,「スタッフの抵抗が強い」35.5%,「治療的雰囲気を悪くする」30.3%などであった。反面,最近の薬物依存症者は診やすくなっている。その理由は,粗暴な患者や激しい興奮を来す患者の減少(怖くない),非合法薬物から合法薬物へのシフト(司法対応が不要),処方薬患者の割合の増加(処方薬には慣れている),「ふつうの患者」の増加(抵抗感が少ない),「薬物渇望期」概念の導入(入院治療が容易になる),簡便な認知行動療法の導入(誰でも治療できる),などである。
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