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病的人格(personnalité pathologique)というとわれわれは,アメリカ精神医学会の診断統計基準第三版(diagnostic statistic manual, DSM Ⅲ,1977)での「人格障害(personality disorder)」,つまり「適応の障害,あるいは自らが苦しむ形の,重篤な,柔軟性を欠いた是正しがたい行動タイプ」を考える。「この行動タイプは,普通,青年期がもう少し早くあらわになり,成人になってからずっと続く。時には,中年ないし老年になってうすれてゆくこともある。その表現は,本来的な性格諸特徴,つまり環境とかかわりを持つ際に本来的にそなわった特異な構えであり,その人個人のさまざまの表現あるいは社会的行動に際して,広い範囲に現われる」。
病的人格という名称と見解は精神医学のはじまりから知られている。その最初は,19世紀初頭,Pinelの「逸脱のない狂気(manie sans délire)」の記載(1809)で,彼の「精神疾患に関する医学哲学的論稿(Traité médico-philosophique sur l'aliénation mentale)」に現われる。彼の理念はEsquirolによって取り上げられ,広く複雑なものになった。それは「モノマニー(monomanie)」概念(1837)で,Esquirolはそれによって今日の病的人格にあたる臨床像を描いている。しかし「悖徳(moral insanity)」の名で,反社会的行動を特徴とし,著者によれば「道徳感(moral sense)」の先天的欠如によるとされる病的人格像を示した(1835)のは,とりわけPrichardであった。この「悖徳」の概念は,イギリスできわめて長く用いられた概念である。それは1927年の法律でもなお,「性悪で犯罪傾向の強い心的欠陥を有する」人びとが,「道徳的欠損者(moral defectives)」の名で定義されていることからもわかる。病的人格の今一つの起源としては,1857年Morelによって導入された精神変質の理念を考えなくてはならない。Morelの理論ではいくつかの病理学的なタイプが記載されているが,それらの状態は変質の結果とされている。そしてその臨床像からは現代の病的人格のいくつかのものが浮かび上がるのである。たとえばMorelが「素因者」と呼んだものは,ほぼ今日の循環性人格に当るし,「遺伝性狂気」と呼んだいくつかのグループのうちには,とくに今日の分裂性人格と,Prichardの「悖徳」が入る。今世紀初頭になると,MagnanがMorelのこの変質理論を系統的に考察しなおし,3つのタイプの不均衡変質者を記載した。それは知能の不均衡者,感覚の不均衡者,および意志の不均衡者の3つである。第一のものは「上位変質者」とも呼ばれたものであり,第二のものは心気症者,攻撃者,強迫者,病的愛他者と病的エゴイスト,情欲者,そして「悖徳者」を含み,最後の意志の不均衡者は衝動者に当る。このうちで「上位変質」の記載はフランスで長い生命を維持して,これに相当する人びとは一般に「Magnan型不均衡者」と呼ばれた。Magnanによればその性格像は,「きわめて動かされ易く,ひきずられ勝ちな人びと」で,その人びとは「信念を欠いてすぐに考えを変える……。意志が弱く,歎きはするがうまく避けることのできないあらゆる種類の苦痛に沈み込む」。他方でこの人びとは心に脆いものを持っており,これといった原因もないのに急性に妄想性エピソードを示しやすいといわれている。このエピソードは短期間で跡を残さずに治るが再発しやすいもので,「Magnan型変質者の多形性妄想発作(bouffées délirantes polymorphes des dégénérés type Magnan)」と呼ばれている。今まで述べてきたようなさまざまの記載を通して,一定の病的人格の枠組が段々と展開されるのであるが,Prichardの「悖徳」,Magnanの「不均衡者」の流れをみると,そこにとりわけ社会的不適応という特徴が浮かび上がってくる。アメリカの公式命名法での「反社会性人格(antisocial personality)」の起源はここにある。この人格のタイプは英語圏で「精神病質人格(psychopathic personality)あるいは単に精神病質(psychopath)」と呼ばれることもあるのは注意しておきたいと思う。この名称はCleckleyの有名な書物「健康の仮面(The mask of sanity)」で一般化された。
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