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癲癇狂経験編自序
獻は陸奥の片田舎に生まれ,幼い頃から医術を好んだ。かつて宋の王朝に仕えた茫仲淹の言葉に感動して,長い間江戸に遊学し,ある秀れた医術を体得して,大勢の人々に治療を施した。15年間にわたって諸国を流浪し,その間にみた男女の証訳注1)は非常に数多かった。しかしその当時は医術が未熟であったために,よく失敗して恥じ入ることがしばしばであった。それ故に医術の理を求めて日夜研究を重ねたのであるが,成果は上らなかった。やがて,ある宿屋で1人の名医に出会った。しかし,その名医の秀れた考えも,獻のものとそれほどの違いはなかった。けれども互いに意見を交わし重ねて指導を受けたところ,大いに得るものがあった。ここで,丹砂円,下気円,消毒練を自作し,病気の軽重,寛猛をおしはかって病状に従って処方したところ,以前にくらべてより秀れた治療効果が得られた。土田氏の養子になって,江戸で医官になった。評判が高くなり,治療を請うものが増えて,応接にいとまがないほどになった。獻の医術はとるに足らないものであるが,このように秀れた医術が施せたのは,以前宿屋で会った名医のおかげなのである。これからも勉励努力して,謹しんで医術に奉仕しよう。獻が治療した病人は,10年間で1000人を越えている。今この中から50人余りを抜き出して,結果の良し悪しを隠すことなく記載して,この癲癇狂経験編にまとめた。この書はあえて人に見せるほどのものではないが,あながち医術に無関係のものではなかろう。昔の人が家伝にしておくべきだといっているので,家に所蔵しておいて,私と同じ志をもっていて,この書を所望する者があらわれたら示そうと思っている。文政2年(1819)正月,奥州 土田獻が成己堂と名付ける書斉で書いた。
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