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ここに訳出したのは,Carl WernickeのGrundri β der Psychiatrie(1900)のなかの一つの講義(第25講)である。これは急性幻覚症(akute Halluzinose)についての臨床講義の記録であるが,アルコール幻覚症の原典であると言ってよい。
はじめに筆者がこの論述の訳を「精神医学」誌の古典紹介の一つとして選んだ経緯を述べたい。個人的なことを述べて申し訳ないがご容赦いただきたい。私はアルコール精神病については,そのもっとも代表的な振戦せん妄の症例を,ずっと前に観察する機会があった。すなわち,私が精神医学を専攻してまだ日が浅いころに振戦せん妄の症例を主治医として受け持ったことがあった。また,それよりも前に,四エチル鉛中毒と進行麻痺が合併した症例で,遷延性せん妄の病像をつぶさに観察する機会があった。四エチル鉛中毒については現東邦大教授新井尚賢氏と共同で昭和21年に学会で報告した。ところがアルコール精神病のもう一つの代表でもあるアルコール幻覚症については,その症例に遭遇する機会になかなか恵まれなかった。松沢病院に数年間勤務していたが,同病院に長期に入院している精神分裂病の患者の1人に,アルコール幻覚症ではないかという意見も出されていたが,当時の病像からその例の急性期の状態に深く立ち入る興味を覚えなかった。しかし,それからずっと後になって,すなわち昭和44年に,偶然にもアルコール幻覚症の1例の精神鑑定をする機会に恵まれた。私はこの症例に強い関心を覚え,アルコール幻覚症と犯罪という視点で内外の文献を渉猟した。ところが,アルコール幻覚症の犯罪についての報告が症例報告としても,わが国にはほとんど全くないことを発見し,同年,「アルコール幻覚症による殺人の1例」と題する論文を発表した(共著者:永江三郎,木戸又三;犯罪誌,35;188,,1969)。
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