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本書はHermann Simon(1867-1947)が,作業療法に関する自らの業績を公にした唯一の論文である。彼は本論文を書くのが苦痛であったらしく,「私はもともと3つのもの,すなわち観察,熟考,そして何よりも行動をモットーとして毎日の忙がしい業務に当ってきたので,毎日の課題を単に量的に測って処理してきたわけではない。書いたり話したりすることは,習慣によって固定し,軌道の出来上がっている私の反応様式外のことである。印刷術が文明人に対して現実に有している作用を考えてみると,親愛なるGutenbergが悪いわけではないが,印刷術は悪魔が人類に贈った禍いの贈物の一つであると思い始めている」と述懐している。彼は理論を展開してものを書いたり喋ったりすることを好まぬ実践の人であった。その彼が4回にわたる学会報告を経て,本論文を発表するに至った経過は,要するに,当時習慣的に行なわれ,本来の意義を失ないつつあった精神病院における臥床療法に真向から反対し,作業療法をすすめるようにと失言(と彼は言う)したことから,答弁を求められるはめになったものである。彼は「袋を出た猫は永遠に追いかけられる」立場に駆り出されたのであった。
このような経緯で,彼が病院長として勤めるGüterslohで実施された作業療法についての紹介が1927年にAllgemeine Zeitschrift für Psychiatrieに掲載された。しかし各方面でこのGüterslohの経験に取り組むようになり,その理論的裏づけを求められるようになったところから,これを受けて1929年に続編が2回にわけて同誌に発表された。そしてこの際に,以前発表の分をI.Teil:Zur Arbeitstherapie後の分をII.Teil:Erhahrungenund Gedanken eines praktischen Psychiaters zur Psychotherapie der Geisteskrankheitenとしてまとめ,1冊の本として出版された(これは絶版になっていたが,1969年にGütersloh病院の50周年を記念してW. Winkler院長により再版された)。その本の意図するものは,その序文によれば,「精神医学や精神病治療の教科書を意図したものではなく,また新しい道を提示しようとしたり,その中で扱った思想の起源とか文献的根拠を報告しようとする科学書でもなく,実践から生まれたもの」であり,読者の対象は,「まず専門家に対してであるが,その他にも,病院の牧師や事務職員も対象とし」「看護職員の手引きとしても役立つ」ようにというものである。また第2部では,むしろ実践の理念と言いかえたほうが適切と思われるのだが,彼としては生物学的,心理学的な裏づけを意図し,それが「最近のものよりも,さらに古い精神医学や心理学に符合する」が,「それが欠陥ともいえまい」とし,「多少とも科学的に考える人ならば,このようなことは周知,自明のことだが,その簡単なことがそのまま精神医学全体の基礎になっていることに気付かない」と述べているところに,彼と彼の論文の本質がうかがわれる。それは彼が,目的をもって前進しようとする時,新しい治療方法に拠り所を求めるのではなくて,過去の経験を吟味して,それを深めていこうとする志向をもつ人だったからである。
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