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I.はじめに
「自分の身体から不快な臭いが出ているため,他人に迷惑をかける」と訴える患者が,わが国であらためて注目されるようになったのは,足立1),鹿野ら2)および高良ら3)の報告が相次いだ1960年以降である。足立は人間学的立場から患者の現存在を問い,鹿野らは臨床的研究にもとづいて慢性幻嗅症と名づけた。それまで神経症に含まれるか,分裂病の多彩な症状の中に埋れていた本病態を,彼らはそれぞれの観点の中で,一つの疾患単位としてとらえようと試みている。その後,中沢4),宮本5),植元ら6,7)およびその他8〜12)によって様々な方向から検討されてきたが,笠原ら13)は1972年に『正視恐怖・体臭恐怖』を著わし,これまでの文献的考察や〈自我漏洩性分裂病〉試論などを公にした。彼らは本病態を「自己臭体験」と呼んでいるので,我々も以下の理由からそれに準拠している。すなわち,冒頭に記した訴えをもつ患者達は神経症レベルにある者,より妄想的色合いの濃い者,さらに経過中に分裂病へ移行していった例など,臨床的に種々の段階にあると考えられるので,いくらか広い意味を持ち,訴えの特殊性を内包している「自己臭体験」という表現が適していると思われる。
ところで,1971年夏に「自己臭」を主訴とする患者4名が相次いで入院して以来,我々はこの種の症例について検討してきた14)が,「自分の身体の一部から,自己の統制を離れて恥ずべき臭いが出て行き,他人を不快にさせる」という訴えは,自己の身体像に関する否定的な認知であると同時に,自己と外界とを区別すべき身体像境界が曖昧になっているからではないかと考えるに至った。すでに藤縄ら15)もこの体験様式に注目して,「自我と外界との境界の障害である」と指摘している。
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