回顧と経験 わが歩みし精神医学の道・20(最終回)
定年退職とその後の生活史
内村 祐之
1,2
1東京大学
2日本学士院
pp.164-172
発行日 1968年2月15日
Published Date 1968/2/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405201299
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昭和33年の3月末日をもつて,私は東京大学を定年退職した。思えば昭和3年初夏に北海道大学教授に任ぜられて以来約30年,東京大学に移つてからでも約22年の永い教授生活であつた。定年退職は,この年月の間,全責任を負つていた職場から離れることであるから,深い感慨のあることは言うまでもない。しかし定年制度の存在は確たるものであつて,私も心の準備は十分にできていたから,比較的に淡々たる心境で,この時期を通過することができた。
初老期における定年退職は,多くの場合,それまでの安定した生活の足場を失うことであるから,第2の人生をいかに営むかの転回点として,誰しもが,多かれ少なかれ精神的の衝撃を受ける。このことを最も切実に知るのは,われわれ臨床精神科医であつて,この時期にある精神障害者の少なからざるものに,この「足場の喪失」という誘因的要素を認めることができるのである。
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