特集 心因をめぐる諸問題
第3回日本精神病理・精神療法学会シンポジウム
一般討論
中久喜 雅文
1
,
久山 照息
2
,
小木
,
森山 公夫
3
,
笠原
,
井上
,
新福 尚武
4
,
土居
1東大精神科
2湊川病院
3晴和病院
4慈恵医大精神科
pp.424-427
発行日 1967年6月15日
Published Date 1967/6/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405201210
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中久喜雅文(東大精神科) きようの演者の方のお話をお聞きしておりますと,だいたいにおいて心因反応は従来の準備要因と,それから心的要因の加わつたものの反応としては理解しにくいということだつたように思うのですが,私はこれを解決する一つの手段として,一つのヒポテーゼですが第3の因子に自我要因というものを考えたら解決できるのではないかと思うのです。つまりこれは土居先生のいわれたdefenceということと関係があるのですが,つまり,心的な刺激があつた場合,それに反応する自我があり,この両者の交互反応として起こつた結果が心因反応であると考えたほうがいいのではないかと思うのです。ふつうのいわゆる心因反応は急激な刺激に対する自我の反応と考えられます。
ところで,さきほど小木さんがいわれた反則者が模範囚に変わるのはどうしてかということがありましたが,それは刺激が慢性であるために,自我に余裕ができて順応することができる。すなわち一種のadaptationである。これは急性の刺激に対する急激な反応というより,むしろadaptationであると私は考えたいわけです。つまり一つのdefenceですね。
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