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御承知のようにLeo Kannerは小児精神科の専門家としては世界的な権威であり,幼児自閉症を初めて記載したことと,その著になる詳細大部にわたるChild Psychiatryという教科書をもつて知られている。その著書から受ける感じは,いかにも克明で理論的な大家であるが実際には彼はいかにも親切な,やさしい,そして四角ばらないおじいさんである。私が1年間Johns Hopkins大学において,彼の下で勉強した印象から申すと,彼は学問の場においては厳しいが,それ以外は誠に潤達な冗談好きの,気さくな——といつた観が前景に立つ。私が初めて彼の教室に行つて挨拶をした時,彼は直ちにその夕食をともにと私を誘つてくれた。そしていざクリニックを出ようとする時「サア,ユキマショー」と明瞭な日本語で私を驚かすような茶目気の持主である。後になつてこれは彼がベルリン時代,日本留学生から習い覚えた唯2つの日本語の文章の1つであることがわかつた。しかしそれ以後はカンフェランスを始める時もしばしば「サア,イキマショー」といつて,米国人の医師をアワてさせたものだ。食事が始つて,彼は間もなく私に「君は精神病,神経症,精神科医とは,そも何するものか」という質問をおごそかに発した。私がちよつと面喰つていると,隣りの婦人が「Noと言いなさい」と入智恵をしてくれたので,取敢えずNoというと,彼は得意気に「神経症患者は空中に楼閣を作る,精神病者は,その楼閣に棲む。そして精神科医とはその両方から家賃を集めるものサ」とのジョーク,私が彼の下で勉強しはじめての始めの3カ月はどこからどこまでが本気で,どこからどこまでが冗談だかそれにくつついて行くのに一番骨を折つた。
小児精神障害の取扱いがそうであるのと同様に,彼は決して訓練生の上に無理な圧力をかけない。訓練生の自覚をencourageするというのが彼のやり方である。そして彼は平易な,誰にでもわかる常用語で精神科の問題を取扱うという主義者であつて,彼のカンフェレンスには超自我とか同一視とか,動機づけといつたような力動精神医学的な常用語すら出て来ない。彼はアメリカ中で大の精神分析嫌いとして知られている。「貴方は分析は嫌いか」というような質問にぶつかると,彼は定つて「貴方は右の耳を引張るのに左の方から首を一廻りして右の耳を引張りますか」と逆襲に出る。力動的にものを考えるという点においては彼のやることも分析派のアプローチもさして大差はないが,表現は大変に違うのであつて,分析派の特殊な用語や表現を彼は極端に嫌つているのである。
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