巻頭言
わが国の精神科医療のもうひとつの試金石―治療抵抗性統合失調症に対する薬物治療戦略のために
黒木 俊秀
1
1独立行政法人国立病院機構肥前精神医療センター・医師養成研修センター
pp.314-315
発行日 2011年4月15日
Published Date 2011/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405101837
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その女性は10代半ばに統合失調症を発症し,すでに10年以上を経過していた。悪意に満ちた幻声に脅かされ,しばしば緊張と敵意が高まり,暴力に至るため,幾度となく入退院を繰り返してきた。これまでさまざまな抗精神病薬が投薬されたが,ほとんど奏効しなかった。最近1年間も入院しているが,刺激を避けるために保護室に長期間隔離されることを余儀なくされている。それでもなお被刺激性が高く,看護師もそばに近づけない。明らかに治療抵抗性症例であろう。ついに主治医はクロザピンの投与を決意した。患者本人と家族がなお希望を捨てずに新しい薬への変更に同意してくれたのが幸いであったし,血液内科専門医のいる近隣の大学病院に連携病院になってもらうこともできた。これまで多い時は7,8種類もの向精神薬を併用してきた患者であっただけに,処方変更にさらなる悪化を懸念するスタッフも少なくなかった。しかし,変化は投与開始の2週目に現れた。易刺激性,易興奮性が薄れ,スタッフと穏やかに接することができるようになったのである。1か月後より隔離を解き,集団の中でも落ち着いて過ごせるようになったことをきっかけに作業療法に導入した。スタッフが安心してかかわりを持てるようになったことが,多くの心理社会的な働きかけを可能にしたといえよう。彼女の退院の日,両親は喜びのあまり泣いていた。以来,再び入院することなく,彼女は今日まで定期的に外来通院を続け,クロザピン300mg/日のみを途切れることなく服用している。流涎過多や便秘などの副作用もあるが,同薬に対する彼女のアドヒアランスは高い。
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