- 有料閲覧
- 文献概要
ここ数年,ある地域の保健センターで,産後のメンタルヘルス援助事業にかかわっている。子育てが困難な母親の負担を軽減し,虐待を減少させるねらいで始まった事業である。産後うつ病用の質問紙を活用しながら面接を始めたところ,実に多彩な精神病理が語られることがわかった。そこで,援助と同時に研究的アプローチもとり,同意の得られる方には詳細な構造化面接を行って,症状を確認することにした。医療機関を受診する前の段階のこれらの方々と接していると,大学病院に勤務していた頃には気づかなかったさまざまな驚きと発見がある。
まず,精神症状の面では,予想していなかった病理がある。一番驚いたのは,幼少時から,ある種の病的体験を持ちながら,ほとんど問題なく社会生活を送り,出産している方がいらっしゃることであった。ある女性は,幼少時から幻視が見えるが,それについて不安に思うことはなく,他の人には見えないことはずっと知らなかった,と語った。また,自生思考のような過去の思い返しが時々あり,気づくと何時間もたっているという女性もいた。この方も,家事が忙しい時期には時間が取られて困るが,これまで特別悩んだことはないという。自我親和性というのがキーワードで,ご本人が困っていないので,この方々が精神科を受診したことがないのは言うまでもない。発達障害の成人例と思われる場合もあるがそうでないこともあり,グレーゾーンの精神症状の世界には,案外まだ広く知られていないものが残されているのではないかとも思われる。産後の抑うつは,精神科医から見ると,元からの病理とも関連すると思われる場合もあるが,ご本人の意識の中ではあまり関連づけられていない場合も多い。地域の方々とお話していると,医療機関を受診している方々は,症状に違和感を持ち,かつ治療意欲ありという条件が揃ったかなり特殊な群だと気づかされる。
Copyright © 2007, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.