Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
序にかえて-「精神可塑性」とは
人生におけるさまざまな経験が人のこころを変えていくように,認知,情動,意志や行動などの高次精神機能は,いずれも可塑的変化を起こすものと考えられる。これは,運動や学習・記憶などの神経機能において周知の「神経可塑性(neuroplasticity)」と類するが,精神機能の可塑性には脳の広汎かつ複雑な情報伝達回路の変化が予想されるため,ここでは「精神可塑性(psychoplasticity)」と呼んで,両者を区別することにする(表)。
精神的な病気のプロセスも環境などの影響を強く受けながら推移していく。たとえばストレスフルな体験は,一般に心身症状態,抑うつ・不安状態,幻覚・妄想状態など,個体のもつ脆弱性に応じた多様な精神的反応を引き起こす。このような反応は多くの場合一過性に経過するが,統合失調症や気分障害などの疾患では同様のエピソードが再発しやすく,さらに再発を繰り返すと難治経過をたどりやすい。また破局的な心的外傷により,年余にわたる外傷後ストレス障害が引き起こされる。つまり,精神病のエピソードを経験すること自体が,脳内になんらかの生物学的痕跡(精神可塑性変化)を刻み,易再発性や治療抵抗性などの機構を中枢神経系に残す可能性がある。
最近の機能性精神病の病態論は,病因遺伝子と発達障害を中心課題として展開している。これらは脳の発達可塑性(developmental plasticity)に着目した視点であり,発病メカニズムを病前における中枢神経系の発達や成長の障害に求めるものといえる。これに対して,上述のような疾患エピソードそのものに由来する症状や経過の修飾は,先の精神可塑性の病的現象にほかならぬものであろう。このような機能性精神病の経過を精神可塑性として認識し,その脳内基盤となる精神可塑性変化を解明することは,疾患の再発や難治化の予防的観点からも重要である。たとえば統合失調症や気分障害の場合,初回エピソードの多くは適切な治療によって寛解に導かれるが,後述するように,その後の高い再発率と慢性化は,今日の臨床精神医学に課せられた最大の課題である。
この機能性精神病の進行過程と精神可塑性に関する試論は,てんかんの病態における神経可塑性変化を基本モデルとしている。すなわち,脳は発作を繰り返し経験することでシナプス回路の再構成が起こり,発作感受性や準備性を高めるという実験的知見に基づく(図1)。たとえば,キンドリングのような機能的モデルでは種々の神経系にシナプス情報伝達効率の持続的変化がみられ,辺縁系発作重積モデルでは神経細胞死とともに新たな神経増殖(neurogenesis)やシナプス構築(synaptogenesis)がみられる37,40)。。このような再構成は抑制性神経系にも及び,てんかん原性の基盤となるだけでなく,認知や情動など高次脳機能障害の要因となることが指摘されてきた。
ここでは,まず精神可塑性の基本モデルとなるてんかん性精神病を取り上げ,さらに統合失調症や気分障害について,病的感作現象と精神可塑性という観点から病態論を述べてみたいと思う。
Copyright © 2004, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.