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「女を見たら妊娠と思え」という女性蔑視もどきの表現は,妊娠診断検査薬が存在しなかった時代においては,産婦人科医にとって基本的な必須知識であり知恵であった.女性にみられる子宮出血,下腹痛,嘔気,便秘,食欲不振などの症状は妊娠でもしばしばみられる症状であるために,それらが妊娠によるものかそうでないのかを最初に見極めることは,その後の治療法を選択するうえできわめて重要であるからである.つい最近も笑うに笑えぬ話を耳にした.卒業したての初期臨床研修医がMRIで異所性妊娠を診断したという話である.これを語ったベテラン産婦人科医は「皆さんは異所性妊娠のMRI画像を見たことがありますか?」と言ってその画像を供覧してくれたが,多くの産婦人科医にとっては初めて目にする画像であったろう.なぜなら,産婦人科なら当然,最終月経を尋ね,遅れていれば妊娠を疑い,妊娠検査や超音波検査で検討を行うので異所性妊娠の診断をMRIで行うことはまずない.ところが,その病院ではたまたま産婦人科医が不在であり,また初期研修医が当直していたために,腹痛の診断マニュアルに則りMRI検査が施行され,貴重な(?)画像が残されたのである.「女性を診るうえでの基本的な知識」があれば,最初からMRI検査が行われることはあり得なかったに違いない.
このたび,「女性を診る際に役立つ知識」が新興医学出版社から刊行された.東京大学名誉教授の武谷雄二先生が編者となって,第一線で活躍している専門医師が項目別に役立つ知識を解説している書籍である.過去にも産婦人科領域の診断や治療学に関し多数の類書が刊行されているが,それらの類書の教科書的な記述様式と異なり,本書では,女性であることの特質が女性に現れる徴候や個々の疾患の発症・進展にどのような影響を及ぼし病態の形成に関与していくかを知るということを基本姿勢として編集してある.臨床医としてまた生殖内分泌学の泰斗として長年活躍されてこられた武谷先生の意図するところがよく反映された一冊である.治療は正確な診断を下すことから開始されるが,その診断に至る過程は必ずしも一様ではない.限られた情報のなかでいかに効率的かつ的確な診断が下せるかは担当医の病気を診る目に負うところが少なくない.本書は病気を診る目の育成に必要な知識だけでなく,病気を診るうえで有用な知恵までも涵養してくれる.
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