報告
第2回アジア保健会議に出席して
金光 正次
1
1札幌医科大学
pp.322-324
発行日 1959年5月15日
Published Date 1959/5/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401202141
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昨年11月中旬印度のカルカッタで開かれた第2回アジア保健会議に,我国からは東大長谷川秀治教授を団長とする17名が出席し,私もその一員として参加した。この会議は暉峻義等博士の唱導により1956年秋Asian Conference of Occupational Healthという名称で我国に於てその第1回が開かれ,今回は印度が主催したものである。「今回の会議を開くに当り暉峻博士は,アジア諸国の主産業は農業で,農民が国民の大多数を占めている事と,保健衛生及び医療の水準の低い事から,この会議を産業医学のみに限定せず,その目的を国民全体の医学的向上に拡大発展すべきであるとして,その名称もアジア保健会議と改める事を提案された.この趣意に従い我国からは産業医学以外の分野の専門家も参加したが,主催者との連絡が十分でなかつたためか今回も産業医学の問題が主要課題として採上げられたので,我国からの参加者の中には思想上若干のズレを感じた人もあつた。
今度の会議に参加した国は印度,中国,インドネシア及び日本の4国で,約100名が参集した。
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