研究報告
東北地方に於ける乳幼兒死亡の今次大戰による影響
宇留野 勝正
1,2
1愛育研究所
2元:東北民事部公衆衞生課
pp.171-172
発行日 1951年3月15日
Published Date 1951/3/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401200804
- 有料閲覧
- 文献概要
まえがき:全日本の乳幼兒死亡の今次大戰末期の統計は殘念乍ら不明である。2〜3の外國の統計をみると英米佛伊中,英國は1941年度,佛國は1945年度伊太利は1941年度に乳兒死亡率は最近の最高を示した。しかし米國の乳兒死亡率のみは今次大戰によつては全然影響されずに減少をつづけて來たようである。日本に於いても大戰末期は相當の社會状勢の變化があつた筈であるから乳幼兒死亡もかなり影響をうけたであろう事は想像に難くない。しかし戰災その他の事清の爲その資料が不完全であつて正確な調査は不可能ではあるが,戰災を被らなかつた市町村の資料を基として推定すればある程度その變化を明らかにする事が出來るのではなかろうか。
本調査は東北6縣(靑森,秋田,山形,福島,宮城,岩手)の1423市町村に依頼して1940年より1949年迄の10ヵ年間の乳幼兒の死亡に就いて調査しためであるが,この1423市町村中完全な資料を提供されたのは725市町村(50.9%)であつた。既ち次項以下に述べる出生率,死産率及乳兒の粗死亡率,幼兒の死亡率はこの725市町村の資料によつたのである。しかし又その外に特に1945年度に乳幼兒の死亡の著しく増加した38町村及び戰時中日本母子愛育會の指定愛育村であつた町村69町村の兩群に於いては乳兒の粗死亡率のみならず,訂正死亡率更に乳幼兒の死因も調査してみた。しかしこれは都合により1943年より1946年迄に限つた。
Copyright © 1951, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.