沈思黙考
Health Sectorの役割
林 謙治
1
1国立保健医療科学院
pp.249
発行日 2011年3月15日
Published Date 2011/3/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401102068
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「衣食足りて礼節を知る」というフレーズは誰でも知っている孟子の言葉だ.人間らしく生きるためにはある程度経済的に余裕があることが前提であり,その結果貧困からもたらされる多くの病気を免れることができる.昔からこのことは認識されていたに違いない.貧困からの脱却,そして病気の克服こそ,近代化への努力の動機づけであったと見ることができるし,この方向への模索は,現在でも続けられている.しかしながら,経済開発の進展による感染症の蔓延,市場経済の行き過ぎによる没落層の出現と格差社会,エネルギー資源の獲得競争による軍事的緊張など,マクロの面から見ても,人のいのちにかかわる問題が噴出している.
ミクロ的観察においても身近な健康問題として多くの例が挙げられる.交通の発達のお陰でわれわれは多くの恩恵を受けている.他方,そのためにわれわれは歩かない習慣を身に付けてしまった.EUの統計によれば,車を運転する人の40%の1日の移動距離は4km以下であるという.また,本来飢餓をしのぐためのエネルギー摂取はいまや食品産業によって最大限に刺激され,肥満,糖尿病等へのリスクになっている.事務仕事の極端な合理化・効率化は,逆にうつ病などにつながる精神的なストレスをもたらしている.実際問題としての健康影響はより複雑に絡み合っていることは言うまでもないが,ここで申し上げたいことは,目指された社会のあり方が,同時に,病気を作り出している側面は否定できないということである.
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