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はじめに
—実装研究との出会い—
筆者は,聖路加国際大学大学院看護学研究科博士後期課程DNPコースを2022年3月に修了した。20年以上ぶりとなる大学院での学びには,想像を上回る新たな知識,人とのつながりや経験の獲得があった。中でも,最もインパクトがあったのは,実装研究との出会いであった。
実装研究とは,理想的な条件下で示された効能と現実的な条件下で示された効果が検証されたエビデンスに基づく介入を,日常の保健医療福祉活動に組み込み,定着させる実装戦略を開発し,検証する学問である(島津,2022)。実装科学は,20年ほど前より発展してきた新しい研究領域であり,“どのように”すればエビデンスを現場の日常のプラクティスにできるのか,という疑問に取り組む学問領域(島津ら,2021)とされる。効果効能が検証された介入の開発が科学的知見として重要であることは言うまでもないが,それらをただ提示するだけでなく,組織や地域などの現場に普及,定着させるために効果のある科学的手法や戦略を考えることも,限りある資源を有効に活用するためには重要である。
聖路加国際大学大学院看護学研究科博士後期課程DNPコースでは,実装研究をDNPプロジェクトの研究手法として用いることが多い。DNPプロジェクトは,従来の研究者を養成する課程における博士論文の位置づけとなるものである。理論看護学,統計学的手法,システマティックレビュー,量的研究や質的研究,および混合研究法といったさまざまな研究法などを学ぶ基盤分野科目と,組織開発とリーダーシップ,医療経済,疫学,質改善活動,政策提言といったDNPならではの特論科目の学びを統合し,自身の現場における課題解決に寄与するプロジェクトを実施する。DNPプロジェクトにおいて軸となるものが実装研究であり,エビデンスを現場に浸透させ,定着を図るための実装戦略と,戦略が適切に機能しているかどうかを評価する実装アウトカムを設定する。エビデンスの普及状況とそれによってもたらされる臨床アウトカムの変化の双方を評価することにより,エビデンスが継続可能な形で実装され,ケアの質が高まることを研究の主眼に置く。DNPプロジェクトでは,自身の所属する現場において,さまざまなステークホルダーとの交渉,組織分析に基づいた適切なエビデンスの選択,エビデンスの実装を可能にする高度なリーダーシップの発揮,エビデンスそのものの効果と実装のための戦略の効果を評価する研究的な視点が求められる。
DNPコースで学んだ看護師には,最良のエビデンスを選定して実践に適用する力が求められている(吉田ら,2017)。そのためには,実装研究の観点から,エビデンスの普及を阻害する要因,促進する要因を分析し,組織や地域などの状況に応じて実装戦略を効果的に活用し,医療の質をより良く改善していくことが必要である。そして,現場で実装研究の手法を活用した質改善活動を継続的に進めていくだけではなく,自身の行ったDNPプロジェクトを広く世の中に伝えていくことが求められる。DNPプロジェクトの実際を学会発表したり,論文出版したりすることにより,プロジェクトで用いた実装戦略が,エビデンスと実践のギャップに悩むさまざまな現場の課題解決に活用され,臨床アウトカムの改善に貢献できると考える。
本稿では,論文の出版に関する筆者の経験を踏まえつつ,プロジェクトの実際と論文出版までの道のりを概観し,研究の知見を共有することの意義について述べる。そして,DNPコースを修了した後の自身の活動をまとめ,DNPコースでの学びを活かした研究と実践をつなぐ役割について考察する。

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