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I 問題の所在
「支援者はなぜ虐待に陥ってしまうのか」という問いに対して,筆者は,「人間は感情の動物であり,支援とは感情労働であるから」と考える。障害児者に直接支援を行う支援者は,日々,対象者の感情に寄り添いながら自らの感情を制御するという高度な感情労働に従事している。その過程には,「虐待」や「不適切支援」,あるいは「バーンアウト」のリスクが常に内包されている。多くの識者が唱える「虐待ゼロリスク」の理念は理想ではあるが,現場の実情を踏まえれば,完全なゼロを実現することは容易ではない。それでもなお「ゼロ」を目指し続けるのは,障害者支援を志した者としての矜持に他ならない。
障害者虐待防止に関わる研修プログラムやガイドブックは,その多くが「障害者虐待防止の法制度」や「虐待の定義・類型」の整理から始まり,続いて「事後対応手続き」の詳細に多くの紙幅が割かれている。この傾向は,「事後対応」に起点を置かざるを得ないという法制度運用の構造に起因している。しかし,制度的枠組みだけでは現場の実践的課題に即応できず,ましてや意識改革には届きにくい,という根本的な限界があると考えられる。
これまでの研究では,虐待事案を統計的に分類・分析する手法が多く用いられてきた。しかしその結果から現場で有用な実践的知見を導くにも限界がある。虐待行為の表れ方は,支援者個人の感情特性やライフヒストリーに深く依存し,単純な統計的比較だけでは理解できないからである。また外部研究者による調査は組織風土や地域性を十分に踏まえにくく,結果として「一般論」にとどまり,現場改善には直結しにくいという課題を抱えている。
施設内虐待を経験した事業所の支援者自身が「当事者」として研究に関わる意義は,社会的条件を一定に保った上で「個人要因」の影響を明らかにできる点にある注1)。加害側支援者の言動に着目することは,虐待が支援者個人による単なる逸脱行動ではなく,組織の人材育成上の脆弱性を反映した構造的な現象であることを理解する鍵となる。したがって再発防止のためには,一般的なマニュアルだけに依存するのではなく,各施設・事業所の実情に応じて策定・更新していく,いわば個別の防災計画やBCP(事業継続計画)に似たオーダーメイド型の虐待防止計画が求められる。
さらに従来の研究では,加害者と被害者との関係のみを静的に捉える傾向にあったが,実際には,虐待の背景となる組織と個人の間には相互に影響を与えながら双方共に変化していく動的な「交互作用」関係注2)のあることを理解する必要がある。特に,虐待や不適切支援が発生しやすい行動障害への支援場面では,時系列を踏まえたシングルケーススタディ(単一事例研究)によって,支援関係と虐待リスクの変容過程を丁寧に追うことが,虐待発生と防止の両側面を理解する鍵になる。
筆者は,虐待の未然防止における最も重要な要件は,「適正支援につながる人材育成システム」の構築と運用と考える。それは各施設・事業所が主体的に責任を持って取り組むべき領域であり,上位機関による一律的な指導では実効性を持たない。ところが,しばしば組織改革や業務改善といった一般論のみが先行し,支援者個人のメンタルヘルスや個別の心理支援が後回しにされる傾向がみられる。このような「支援者を支え,育てる仕組み」そのものが十分に整っていない現状こそが,虐待の温床となる可能性を秘めていると思われる。
本稿では,筆者が関わった過去X年度から約10年間の間に発生した重篤な5つの虐待事案を対象に,「支援者はなぜ虐待に陥ってしまうのか」という問いに対する仮説を,交互作用モデルを用いて検討する(図)。あわせて,各プロセスにおいて有効だった虐待防止施策を提示し,再発防止に係る個人の育成支援,および組織的支援のあり方について,施設運営当事者の立場から提案を行う。

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