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それは約10年前,Infection Control Team(ICT)メンバーのCertified Nurse Infection Control(CNIC)からの発言からはじまった。「現状の抗MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)薬の届出・許可制を継続して,院内の総抗菌薬使用のどの程度の適正使用につながるのか?」という質問であった。ごく一部の適正使用推進しか出来ていないのではないかという鋭い指摘であり,実際に抗MRSA薬使用はたった3.8%に過ぎなかった。しかし,当時は全抗菌薬使用症例に介入すること,まして患者診療に直接は関与していないICTメンバーとして意見を出すことなど現実的には不可能であると考え,何もアクションを起こせなかった。CNICには勇気がないと揶揄されたが,Infection Control Doctor(ICD)として悶々とした日々を送らざるを得ない状況であった。 しかしその後,日本化学療法学会等の資格をもった薬剤師からICDと連携して是非処方介入をしたいと提案があり,一緒に作業をすれば主治医からの風当たりも半分ずつに分けることができると言われた。私はやっと重い腰を上げ,臨床現場からの強い逆風を予想し不安とストレスを感じながら,2009年8月から当院(岐阜大学医学部附属病院)におけるAntimicrobial Stewardship Program(ASP)を開始した。同時にTherapeutic drug monitoring(TDM)の推進を含めた投与設計支援を行いつつ,すべての注射用抗菌薬の処方時からICT薬剤師がカルテを閲覧して,用法・用量,感染臓器,起炎菌の4つのポイントを確認し,用法・用量の問題は薬剤師から直接,またそれ以外はICDから主治医に介入・提案するようにした。介入開始後は感染症が治癒するまで診療に寄り添うことにしている。開始前には診療科長・医局長・病棟医長・外来医長会議等で数カ月かけてくり返し説明し,慎重にコンセンサスを得た。 月間約900例のチェックをしているが予想に反して主治医からの反発はほとんどなく,4年経過時点での検証では変更提案例の94.9%がそのまま受け入れられていた。最近では提案例の約3倍程度の処方前相談が寄せられている。すなわち不安を感じていたのはICDのみであり,主治医はむしろ専門家に指導を受け支援を求めたがっているという大変嬉しい誤算であった。エビデンスに基づいた適切な支援のための日々の研鑽とクイックレスポンス対応を心掛けているが,それを地道にくり返せば信頼感が得られていく。その結果,不適正使用・長期投与症例数の有意な減少,抗菌薬投与患者の入院日数と医療費の有意な減少(Niwa T, et al:Int J Clin Pract 66:999-1008, 2012)に加え,菌血症患者の検討では,感染症発症後48時間以内の起炎菌カバー率の有意な増加,De-escalation率の有意な増加,生命予後および副作用発現率の有意な改善等の臨床アウトカムも観察され(Niwa T, et al:Biol Pharm Bull 39:721-727, 2016),さらには周術期クリニカルパスへの介入による不適正使用も消滅した。 どの施設でも全症例介入が簡単に開始できるとは思わないが,まずはひとつの系統からでもASPを開始すれば抗菌薬適正使用に大きく近づくと信じている。ぜひ勇気を出して開始してみるべきである。 <謝 辞>当院のASP活動に大きく貢献している薬剤部・丹羽隆主任および看護部・深尾亜由美師長に深謝申し上げる。