研究の想い出
教室員とともに
森 堅志
1,2
1名古屋市立大学
2東京医科大学
pp.151-157
発行日 1972年6月15日
Published Date 1972/6/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.2425902928
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私のような平凡な者が研究の想い出などという標題で書くのは誠におこがましいのであるが凡人でも研究に喜びを感じることがあり得る1例として敢えて引き受けた次第である。研究に喜びを感じる機会は二つあると思う。一つは自分の着想と工夫(もちろん凡人のことであるから素晴らしい思い付きではないが)で実験して見るとその通りになつた場合と他の一つは従来いわれていた事を追試して見るとまつたく別な予想以外の結果になつた時とである。
私は昭和7年に京都大学医学部を卒業し,皮膚科に1年居たが解剖学教室の助手の空席があるというので昭和8年にリンパ管研究で有名な故木原卓三郎教授の門下に助手として入つた。京大に居た時は木原先生のテーマで従来通りの方法で仕事をしたので特に自分自身で工夫するということはなかつた。ただ僅かながら生きた蛇のリンパを採取した時蛇はとぐろを巻く性質があつてリンパ採取が困難であつたので竹で弓をつくり蛇をその弦に張つたらリンパ採取が容易であつたことや生きている魚類のリンパ採取の時リンパ管を見出すのがむずかしかつたのでリンパ管の発見はAselliが乳ビ管で初めて見付けたというから魚類でも乳ビ管があるのではないかと試みに腸に沿つて走る血管の傍に空気を注入したところ明瞭にリンパ管が現われたのでリンパが溜るような位置に魚を置いてリンパを採取することができた想い出位である。
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