発言席
地域母子保健の組織化をめざして
北村 邦夫
1
1群馬県藤岡保健所
pp.405
発行日 1982年6月10日
Published Date 1982/6/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662206524
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「保健婦さんのやり方,なんとかならないのかね!」保健所での勤務を始めてまもなく,医局の先輩から,怒りをこめたこんな電話がかかってきた。地域での母乳運動を推進するのは結構だが,ある理由で産婦に人工乳をすすめたところ,訪問した保健婦が母乳第一主義を訴えて,人工乳に頼ろうとする産婦を叱りつけた。産婦は医師と保健婦との狭間にあって途方に暮れて来院したというのだ。お互いの主張はあろうが,住民に対する一貫性を欠く保健指導と,地域の保健婦と医師との冷たい戦争の一部をまのあたりに見て,新前の保健所医師としては唖然としたものである。
わが国では昭和35年以後,医療機関での分娩が急増した。乳児死亡率をはじめとした母子保健指標の水準が,先進国に劣らず向上したのは,地域で地道に活動してきた助産婦や保健婦の努力も無視できないが,医療機関での妊娠・分娩を通じた医学的管理の向上が大きく貢献してきたのを否定する者はいまい。このような時代の流れの中で,保健婦等による地域における妊産婦管理は当然これに呼応して変化する必要があった。すなわち医療機関での分娩のもつ欠陥—医学的管理はできても,きめ細かな生活指導や育児指導等を行うことはむずかしい—を補うべく,地域における分娩施設との十分な連絡協調と,それに伴う保健指導体系の確立が図られねばならなかった。しかし実際は保健婦の知識と経験に頼った,旧態依然とした保健指導がなされているにすぎないように思う。
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