学生ノート
訪問カバンのこと
石川 信子
1
1埼玉県立女子公衆衛生学院保健婦学科
pp.54
発行日 1964年7月10日
Published Date 1964/7/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662203162
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まだ残暑のかなり強い9月半ばの土曜の午後,次週に保健所実習を控えたクラスの全員は訪問カバンの点検に余念がない.予防衣から割箸に至るこまごまとした看護用品の詰め込まれた訪問カバンはずっしりと重く,歴代の借り手によって少しずつ古びてゆき,白っぽい地肌を現わしている.今では新しい借り主でさえも,以前から持ち慣れたカバンであるという錯覚をもてる気易さをもっていた.内容物の点検後,このカバンが1枚の借用書と引き換えに,われわれの実習中の伴侶として用いるようにと渡されると,われわれは明日からの使用に子どものような期待をもって肩に掛けてみたりする.
ところが,いざ実習に出てみると,保健婦のシンボルとして表現されるほど身近かにあるはずのこの訪問カバンが,現在へき地での利用率はともかくとして,あまり利用されていないらしいのである.へき地でなくてもわれわれの業務の中に臨床看護も含まれている以上,乳幼児,未熟児を訪問する際には,必ずといってよいほど看護実技を要するケースは多く,現在注目されてきている成人病看護にも利用される率は高いが,昭和38年度の全訪問の65%を占める結核家庭訪問(国民衛生の動向昭和38年度による)について考えてみると,口頭指導だけに終わり実技に到らないケースがひじょうに多く従って,いかなる家庭訪問にも携行すべきこのカバンが,やや持てあまされぎみなのである.
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