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U子ちゃんの指先—患者理解を考える
池田 節子
1
1東海大学病院看護部
pp.825-828
発行日 1976年8月1日
Published Date 1976/8/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661917947
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はれあがったほっぺたに,胃チューブを固定されているU子ちゃんの絆創膏がほんの少しだけ鼻の穴を吊り上げるようにしてとめてあった.‘痛いでしょう’と声をかけた.‘うん’とうなずく.‘はり直してあげるわ’と言って絆創膏をはがそうとして,はれているほおをさわると,‘痛い’と声を出して私の手首を爪でひっかいた.昨日手術を受けたばかりの患者の爪が,ひっかけるほどのびているのも変な話だが,私はU子ちゃんの,この年齢にしては幼なすぎると思えるしぐさにとまどった.きかん気の強い,まだよく感情の抑制のきかない7歳から8歳ぐらいの学童のようなしぐさをするU子ちゃんの顔を,じっとながめ直した.どうみても成人としての立派な体格をしているU子ちゃんの幼稚なしぐさがのみこめなかった.
その時私は,U子ちゃんの瞳孔の左右差に気が付いた.‘なるほど,脳外の患者さんか,そんならありそうなことだわ’見下ろす位置での私の視線は,正しくその一瞬,U子ちゃんをさげすむように感じていた.私は彼女が交通事故に遭い,脳の挫傷で長い間意識不明であったことを知らなかった,奇跡的にも意識をとりもどしたいきさつを,全く知らなかったのである.今度の手術はその時同時にうけた顎骨骨折のための整復手術のようだった.U子ちゃんのはれあがった左のほおはそのためだった.左の口角はどうやら神経が弛緩しているのか,ひっきりなしに唾液が流れ出し,U子ちゃんは自分でそれをうけていた.
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