Nursing Study・2
女囚に“花いつぱい”
近藤 若菜
pp.38-41
発行日 1955年11月15日
Published Date 1955/11/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661909975
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浅草雷門を出た東武電車は,蒸し暑い陽光の照りつける晩夏の稲田の中を,がむしやらに走りつゞけていた。栃木という駅まで何時間かゝるのか私はそれも知らない。栃木市旭町というのが,女囚刑務所の所在地で,それは栃木という駅で降りるのだというところまでは確かめて来たのだが,そこから先は降りたとこ勝負,万一下車駅をまちがえても,それはまた其の時の事と腹を決めて居た。
ぎつしりとシートに押し合う乗客はみんな地理に明るい屈託の無い表情で,しやべつたりして居る。落着かない顏をしてるのはどうやら私だけらしく,しかしそう思うのはいまいましかつた。何でもないんだぞ,ちよつと,刑務所に用があつて,つまり草花の種を届けに行くだけなんだ。そういう顏つきを誰にともなくして見せて,ぼんやりと窓外の稲田の青い拡がりに目をやつた。
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