発行日 1951年7月15日
Published Date 1951/7/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661906884
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「ああ言えばよかつた。」「こう言えばよかつた。」と,後から悔むことの何と多い事でしよう。こういうのを「後で氣がつくてんかんやみ」というのだそうですが,あんまり利口な話ではありません。ものを言うこと,言葉の使い方は,其の人の教養と趣味を遠慮なく如實にあらわします。言葉はそれ自體によつて,建設的であつたり,破壞的であつたりしますし,勵ましになつたり,逆にくじけさせたりもします,或時には同じ言葉が,いたわりになつたり,苦しめになつたり,よろこびになつたり,悲しみになつたりという具合で,聽くものにとつては非常に微妙で,其の影響は思いがけなく大きいものになることがあります。「さりげなく言いし言葉はさりげなく,君もききつらん,それだけのこと」となげいていた啄木のせつない氣持はよくわかるのですが,憶病で言いきれなかつたうらみは,言いようが下手だつたのでしよう。むしろそれより沈默を通した方が成功したかもわかりません。沈黙というものは,或時は最も注意深くえらんだ言葉よりも,はるかに雄辯であります。看護するものは,其の語る言葉が,語る丈價値があるかどうか,病人の心理にどんな影響を來すかをよく見きわめるまでは餘分な無駄口はきかないようにつつしまなくてはならないと思います。
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