北から南から
助産婦ひと筋に生きる黒田よねさん
pp.39
発行日 1968年12月1日
Published Date 1968/12/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611203670
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黒田さんは三重郡菰野町の出身,四日市の吉田看護婦養成所を出て正看,助産婦の国家試験にパス.大正8年,亀山に伝染病が流行したことから来亀,翌9年に現在地に助産院を開院,同時に医師会の付属看護養成も兼業し,後輩の指導に乗り出した.以来48年間に70余人の看護婦と赤ちゃん5,000人以上を世に送り出した.その功で知事賞3回,家族計画で中央表彰などを受賞.いまは2男の嫁,妙子さん(37)と児童福祉施設・亀山助産院(7ベッド)を経営するほか看護婦,家政婦のあっ旋受胎調節指導員などをしている.
「福祉施設なので"貧乏人の産院"といわれますが,金持ちの子も貧者の子も赤ちゃんには変わりありません."人間をこの世に取り出す"ということは最高の仕事です.精魂こめてお手伝いします」
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