今月の言葉
人工妊娠中絶と生命の尊さ
H. マルティーニ
1
1上智大学
pp.9
発行日 1961年4月1日
Published Date 1961/4/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611202095
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カルデロンの一作品,"世の大きな劇"の中に,生れる前に殺された子供が登場します.子供は申します.「私達は光の子になる筈でした.けれど暗闇の中に葬られてしまいました.暖い揺りかごにおかれる代りに冷い墓に捨てられました.母の愛撫ではなく人殺しの刃をもらつたのです.」と.これはただ詩人の空想でありましようか.それとも本当のことなのでしようか.
妊娠中絶は人命と人格を亡ぼすことです.生れるということは,床から起きるのと同じで,単に環境が変るだけのことで,生命の本質は少しも変らないのであります.しかし妊娠中絶を良いことと考えなくとも,殺人とは別な眼で見る人が多いのは何故でしよう.まだ親子の情がわからないからでありましよう.「遠くにぼんやりと動物らしいものが見えました.近づくにつれて人間であることが分りました.そば迄来てそれが私の兄弟であることが分りました.」と一文学者は書きました.胎児は爪や髪の様に母体の一部分ではありません.民法や刑法さえも明瞭に胎児の権利を認めております.胎児は又,ただの動物でもなく,尊厳と人格を備えた一人の人間であり,真に自分の子供なのです.従つて,親の高潔な本能と愛情に委ねられた胎児を殺すということは,ただ人命の尊さを侵すばかりでなく,親は自分から故意に母と子の愛の絆を断つのですから,普通の殺人よりももつと悪いことだといわねばなりません.
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