オペラ
再び「お蝶夫人」を語る
pp.58-59
発行日 1954年10月1日
Published Date 1954/10/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611200716
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1640年3月,ベルギー第一の港町アンベルスの街々には未だところどころ雪が残つていた.日に増し熾烈の度を加えて行く独英戰爭の情報に第一次大戰で中立を侵害され,思わぬ苦汁をなめたベルギー国民は,今度もまたヒトラーの物すごい鼻息の前に,猫に狙われ鼠のごとく戰々競々として落着かぬ日々を送つている頃であつたが,この港町の繁華街の一角にそびえ立つ」コニンクライヒ・フラームシェ・オーパー」(王立フラマン歌劇場)では,それでもまだ週に二,三回はフラマン語(北ベルギー地方の言語でオランダ語の方言)の歌劇が上演されていた.そしてある日,ここでもまた「お蝶夫人」が上演された「今日は嬉しいでしよううちへ帰つたような気がするでしようね」顔見知りの案内爺さん(欧洲の劇場には日本のような案内孃はいない)が開幕前にこんなことを言つていた.ほかの歌劇作曲家のように長々とした前奏曲を書かないのがプツチーニの特徴であるから「お蝶夫人」も開演を告げるベルが嗚り終ると殆んど同時に幕が開いてしまう.途端に眼前に現れた「うちへ帰つたような」舞台とは,何とまた風変りなものであつたろう!
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