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はじめに
“痛っ,指切っちゃったよ”“大丈夫?”“うん,大丈夫.そこのアル(コール)綿取ってくれる?”……よくある検査室の日常である.しかし,その後とんでもない事態へと急転する.
その3日後.“あれ? Aさんは?”“何か,風邪引いて熱が出たらしく,今日は休むって.旅行帰りでそのまま出勤だから,疲れていたんだろうね.”そのお昼休み.“大変 大変 Aさんが風邪薬飲んで寝ていても熱が下がらなくて入院してしまったよ.”“Aさんの血液培養ボトル濁っているよ”入院する前,熱が下がらないAさんは,採血そして自分で血液培養を行っていた.血液培養ボトルから,Salmonella Typhiが分離され,入院先の病院に伝えたところ,病院において実施した血液培養からも同一菌種が分離され,チフスと診断された.
当時パルスフィールドゲル電気泳動法(pulse field gel electrophoresis;PFGE)などの遺伝子学的手法が普及していなかったため,確定はできなかったが,Aさんの血液および指切傷の原因となった割れたTSIチューブからの当該菌の生化学的性状と薬剤感受性パターンとは完全に一致していた.
冒頭から恐怖をあおるシーンであるが,実際にあった話である.
感染症の検体を取り扱う微生物検査従事者は常に感染というリスクに曝されている.特に扱う臨床検体はまさに感染症を引き起こしている患者からの材料で,その中に含まれる病原体は実験などで用いる病原体に比べ,感染力(virulence)は比較にならないほど強い.また,それらを扱う検査員の健康状態(疲労)によっては,さらに危険な状況となる.いくら検査員個人が気を付けていても,偶発的な事故は起こってしまうものである.これらのリスクを科学的根拠に基づいたシステムとして最小限に抑えようとするのがbiohazard and safetyの概念である.
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