今月の主題 死の判定と検査
巻頭言
死の判定—臨床医の立場から
小沢 友紀雄
1
Yukio OZAWA
1
1日本大学医学部第二内科学教室
pp.953-954
発行日 1988年9月15日
Published Date 1988/9/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1542913730
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"死の判定と検査"という主題を扱った本号の巻頭言を書くにあたって,今までと少し違った感じで死とは何かを考えている.臨床医として,死の宣告を何のためらいもなしに行ってきたのであろうかと考えてみた—否である.かけがえのない命を一刻も長くながらえさせるのが医師の務めであり,そう考えなければならないのが医師である,と一途に思いつめたような態度で,家族の人々の気持ちや表情を知る余裕もなく,臨終に立ち会った若かりし頃.生理的死への秒読みを正確にその家族とともに測っていくような,そしてそれが終わったときに己の無力さにどっと疲れが出て医局の長椅子の背に頭をもたれて目を瞑る十余年後.その患者の日頃の生活環境の香りを知りえたような,穏やかな気持ちで,周囲の人々にいたわりの言葉をかけるように死を告げる二十余年後.一臨床医にとっては年代とともに,また患者やその家族とともに,死の臨床での感情も異なるのではなかろうか.
科学は冷徹に死を眺める.感情とは違ったところで,医師は死の秒読みをしているのである.—呼吸がおかしくなった,心音が聴取されなくなった,呼吸が停止した,瞳孔が散大した—待つ,待つ,待つ—まるで最後の力で生き返りたい素振りのようにたった一つの溜め息のような呼吸をして,そして静寂が訪れる.医師は,瞳孔が散大して対光反射がないのを確認して死を宣告する.心停止より3分以上は経過してから(脳死を待つが如く)臨終を告げるのである.
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