連載 リレーエッセイ 医療の現場から
ジェネラリストを目指して幾星霜
木村 眞司
1
1松前町立松前病院
pp.657
発行日 2014年8月1日
Published Date 2014/8/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541102844
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1980年,高校1年生のときに,北海道のへき地で働く医者になろうと決意してから早34年が経った.
何とか医学部に入り,部活に,医学に打ち込んだ.最終学年になって,へき地で働くのだから幅広く診られる医師になろう,と決めた.理解者は,少数だが,いた.医局には入らず,卒後2年間横須賀米海軍病院と茅ヶ崎徳洲会総合病院(ともに神奈川県)で内科・外科・産婦人科・小児科のローテート研修を受けて米国に渡った.家庭医療(family practice─または総合診療)を3年,老年医学を2年研修した.帰国し,古巣茅ヶ崎で研修医の指導に当たった.ジェネラリストである私を,研修医たちは当初からよく受け入れてくれた.最初は戸惑っていたスタッフ医師たちからも,しばらくすると重宝がられた.2000年,母校札幌医大に戻り,新設されて間もない総合診療科の助手となった.学生実習を外の医療機関で行うよう企画したり,インターネット上での生涯教育講座『プライマリ・ケアレクチャーシリーズ』を開始したりした.どちらも未だに続いており,後者は37都道府県から毎回90施設が参加するまでになった.目指していたへき地医療にやっと従事するようになったのは8年半前,2005年のこと.志してから実に四半世紀も経ってからのことであった.
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