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はじめに
かつて神経変性疾患は手のつけようのない難病として扱われ,その研究は基本的に死後脳を用いた病理学的研究によるところが大きかった。ところが1990年代に入り,連鎖解析,ポジショナルクローニングをはじめとする遺伝学の進歩により,家族性アルツハイマー病,トリプレットリピート病といった一部の家族性神経変性疾患において原因遺伝子の突然変異が次々と同定された。さらに変異遺伝子のトランスジェニックマウスやノックアウトマウスの作製技術が飛躍的に進み,多くの疾患モデルマウスが登場した。これによって神経変性疾患の研究における最大の弱点であった,中枢神経組織の発症前後を通じたin vivoの病理学的,生化学的な解析が可能になり,臨床レベルの治療研究の発展に大いに貢献したのである。つまり,モデル動物はin vitro研究とヒト研究の重要な橋渡しであり,疾患の研究はいかに優れたモデル動物が得られるかにかかっていると言っても過言ではない。
致死性神経変性疾患の代表である筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)も同様の進化をたどっている。ALSの5~10%が家族歴を有する遺伝性であることは古くから認識されていたが,長らく原因遺伝子は不明であった。ところが1993年,Brown Jrを中心としたグループにより,遺伝性ALSの20%の患者にスーパーオキシドジスムターゼ1(superoxide dismutase 1:SOD1)の突然変異が発見された1)。そして1994年にGurneyらにより変異SOD1を過剰発現するトランスジェニックマウスが臨床・病理学的にALSに類似していることが報告され2),臨床遺伝学に基づくALSのモデルマウスが初めて登場した。その後何種類かの異なる突然変異を持つSOD1トランスジェニックマウスが作られ,世界中に普及してからALSの基礎研究は一気に加速した。それまでALSモデルマウスとして解析されていたwobblerマウスやpmnマウスと比べ,①ヒトの原因遺伝子に基づいている点,②同じ変異型の間では表現型が均一である点,③繁殖が容易である点,などから現在でも最も優れたALSモデル動物といえる。現在のALSにおける治療の試みはまず変異SOD1トランスジェニックマウスで効果があった場合に,臨床治験が考慮されるという流れになっている。世界中で既に40を超える薬剤の臨床治験が行われてきたが,残念ながら優れた有効性が確認された薬剤はない。現在SOD1以外にも数々の家族性ALSの原因遺伝子,関連遺伝子が明らかになっているが,いまだ変異SOD1マウスに勝るALSモデル動物は存在せず,依然として治療研究の中心的存在である。さらに,Nagaiらはマウスの実験上の困難さを克服するために,さらに大型の変異SOD1トランスジェニックラットを作製することに成功し,病態・治療研究の可能性を大いに広げた3)。
本稿では,ALSモデルマウスを用いてこれまで明らかにされた運動ニューロン死の病態について触れた後,筆者らが行ったALSの免疫療法の成果を紹介する。従来免疫療法は感染症,腫瘍細胞など外敵やある意味,制御不能になった細胞の抹殺を主眼としたものが多いが,神経変性疾患においてはアルツハイマー病にけるβアミロイドなどの異常タンパクの除去を目的としており,近年注目されている治療法である。本治療の成功から推測されるALSの多彩な病態についても論じてみたい。
Abstract
Recent progress in clinical genetics has explored various mutations or associated genes in both familial and sporadic amyotrophic lateral sclerosis (ALS). Mutations in superoxide dismutase 1 (SOD1) account for 20% of familial ALS, and mutant SOD1 transgenic mice are still regarded as the best ALS model animals for the first step of therapeutic estimation. Emerging evidence indicates that SOD1 is secreted in spite of lacking translocation signal. We previously found chromogranins interact with ALS-linked SOD1 mutants, but not with wild-type, and promote the secretion SOD1 mutants. Moreover, extracellular SOD1 mutant activates microglia and kills motor neuron. This scenario may well explain non-cell-autonomous fashion of mutant SOD1-induced pathology in ALS. Accordingly, vaccination targeting extracellular SOD1 mutants significantly delays disease onset and prolongs lifespan of mutant SOD1 transgenic mice. Moreover, intraventricular application of ant-mutant SOD1 antibody also showed beneficial effect. In this review, the rationale between protein misfolding of mutant SOD1 and effect of immunization is delineated and further perspective of this non-invasive treatment not only for mutant SOD1 but also for sporadic ALS is discussed.
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