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空しき香華
金原 一郎
pp.87
発行日 1952年2月10日
Published Date 1952/2/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1409200591
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昨年の春,慶應の安藤畫一教授の肝入りで,京都の佐伯,東京の木下の兩長老を拙宅へ御招待した時の話。歸りの自動車に乘りしなに,92歳の佐伯先生が81歳の木下先生をかえり見て——さあさあ,お年寄の方からお先へどうぞ——と云つて呵々大笑されたことである。その時お先きへ乘つた木下先生が,ついにお先へ冥土の旅へ行つてしまつたが,その當時はどうして中々の元氣で,若い安藤教授(66歳)など側へも寄せつけない張り切り方であつた。
最近眼をお患らいになつてから急に元氣がなくなり,筆者が昨年の暮,麹町のお邸に參上した時など,人が樂しみを失うとこうも老い込むものかと,痛感したことである。木下先生の唯一の樂しみと云うのは,醫學辭典の編集であつて,日本醫學會の醫學用語を主とした大辭典の出版は,老先生が一生を懸けての希望であつた。先生はこの仕事の爲めに,ついに眼を患い,眼を患つて編集の樂しみを奪われ,ついに一命をも失うに至つた。
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