勤務医コラム・35
至福の時
中島 公洋
1
1慈仁会酒井病院外科
pp.531
発行日 2012年4月20日
Published Date 2012/4/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1407104035
- 販売していません
- 文献概要
Tさんは38歳の女性.10年前,まだ20代だった彼女は,肝右葉の大きな肝内胆管癌に冒されていた.私と研修医のE君とで彼女を受け持った.右3区域と尾状葉を切除して胆道を切除再建した.手術はバッチリだった.ところが2日目の晩に,ちょっとした不注意から,吻合部を通して外側区肝内胆管へ留置していた減圧チューブが抜けてしまった! 天を仰ぐ私とE君.「何をそんなに悩んでいるの?」と,キョトンとしている彼女.私とE君の心配をよそに,彼女はどんどん元気になっていった.退院してからも,「いつ再発するだろう」という私の心配をよそに,彼女は明るく振るまっていた.そうして,とうとう再発せずに10年経った.今は1年に1回,外来へ通っている.
先日,暗い部屋でエコーをしながら,私は彼女に尋ねてみた.「手術する前,どんな気持ちだった?」『私,もうすぐ死ぬって思ってました.』「手術は痛かったでしょ?」『ん~と,もう忘れました.』「一言も泣きごとを言わなかったね,君は偉いよ,僕なんかよりよっぽど偉い.」『鈍感なだけです.』「管が抜けたの覚えてる?」『エ~,そんなことありました?』「抗癌剤治療きつかったね.」『色黒になるのでお化粧が大変でした.』「とうとう10年経ったね.」『私,これからの人生,何でも自由にやっていいんですね.先生ありがとう.」明るく笑う彼女.当直明けのショボくれたオヤジには,至福の時でした.
Copyright © 2012, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.