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てんかんを診るときに,自身のスタンスの取り方になんとなく戸惑いを感じる精神科医は少なくないのではないだろうか。この本はそういった医師に,「てんかん医療の基本を踏まえつつ,そこに精神医学的あるいは心理的な視点を織り込むことがさほど特別なことではない」というメッセージを伝え,「シナリオ作り」をガイドしてくれる。精神科医であり,かつてんかん専門医として長年てんかん臨床に深くコミットしてきた著者ならではの視点に根差して書かれた著作である。「シナリオ」という喩えが最初はちょっとなじみにくいかもしれないが,読み進むうちにその意味がじわじわと分かってくる。
導入のあと,チャプター2「ケースから考えるシナリオ」での13症例の紹介が圧巻である。発作が止まっても内に抱えた悩みの深さ,治療開始の合意を得ることの難しさなどが,一見元気な高校生や,高齢発症のケースを通じて語られる。次いで精神症状を伴うケースについて,単に薬物の使い方にとどまらず,疾病としてではなく一人の人間にとってのその状態の意味を受け止める,という姿勢の大切さが示される。てんかんと診断的に紛らわしい心因性非てんかん性発作のケースでは,診断のその先,治療的な関わりの苦労や工夫が具体的に語られる。発作が難治なケースへの,治療者としての地道な関わり方も分かりやすく語られる。これら13症例の紹介を通じて,読者はそのレベルに応じてさまざまな気付きを得られる。こうしてイメージがつかめてきた「シナリオ」の意味が,チャプター3「てんかんを覆う霧を払う」で明示される。治療者の側が自分なりのてんかん臨床のシナリオを描くこと,(膨大なてんかん診療領域の)何を諦めて,何を身につけるか(どこまで自分一人で行うか),てんかんについての自分のイメージを明確にする,といった目からウロコの直言が次々に語られる。この章と続く2章(薬物療法の解説など)が,主にてんかん学の基本的なことがらの理解と,それを踏まえたシナリオ作りのガイドである。対してチャプター6,7は精神医学的・心理学的視点からのシナリオ作りのガイドである。健康なてんかん患者の「心」にも目を向ける,「どんな人なのか」という輪郭を踏まえて診療する,心理アセスメントは原因探しではないなど,精神科臨床で当然のことが,てんかん診療においても同じように大切であることが解説される。
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