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人は誰しも何らかの障碍を担うものではあるが,自閉症スペクトラム障碍(以下,ASD)的特質を負って世に住むことも大いなる労苦を伴う。その心的世界,精神/神経機能上の偏倚,現実世界との折り合えなさ,生活上の困苦を深く理解し,必要な支援を紡ぎ出そうと努めることは,精神科医を含め支援者達の職責である。ASDの臨床が混乱している昨今であるが,本書はそのための貴重な道標となってくれる。広く知られるようになった妙な言葉「心の理論」を解き明かし,眼差しや面差し,呼びかけという他者からの志向性によって自己が立ち上がることの障碍を活写する。言語が道具であらざるを得ないことや語用論的障碍について,言語というものの根源的意義から問い直す。その他,パニックやタイムスリップ現象,特異な時間体験,文脈やカテゴリー化の困難,感覚過敏などASDに伴う諸症候について精神病理学的視点より考察する。そして,それらを踏まえて臨床上の実際的具体的工夫を示唆してくれており,明日の臨床に役立つものである。評者自身の精神的資質や日頃の臨床と照合しつつ,格闘して読んだ。
あくまで評者の臨床感覚以上のことではないが全面的には肯えなかった点として,統合失調症は定型発達の病でありASDとは全く別であると明瞭に言い過ぎているように思う。ASD概念の事始めより,統合失調症との区別は大問題であった。自閉症の名付け親Kannerも迷ったし,統合失調病質の子どもについて述べたWolffとアスペルガー症候群を提唱したWingが対立した経緯もある。想定される本質的病理は異なるのだが,臨床上は鑑別が難しいことも多いように思われる。診断名を付けねばならないという陥りがちなこだわりから離れて,いわば安全感喪失の病たる統合失調症的要素と,ASDを含めた神経発達性の要素とが,別の方向への軸としてどちらもスペクトラム的な濃淡を持って同一個人の中に存在するという捉え方をすることは一つの解決であると思う。
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