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はじめに
表題の「トライアスロン」は,「かめちゃん」というニックネームの統合失調症当事者の方から「夏苅さんは,家族・当事者・精神科医のトライアスロンをやってきたのですね」と言われたことに由来する。確かに本物のトライアスロンのように,家族としても当事者としても,そして医師としても私にとっては迷いの多い苦しい道のりだった。
津田ホールの会場に立つのは,2012年の「みんなねっと」フォーラム以来である。当時の私は,母が統合失調症であったこと・自身も精神科に通院していた当事者でもあったことを前年に公表したばかりだった。公表は,さしたる決意や信念があったわけではない。漫画家の中村ユキさんが書いた『わが家の母はビョーキです』3)を読んで,居てもたってもいられなくなったのだ。
それまで私の中で澱のように沈殿していた「隠している」ことへの罪悪感・精神科医でありながら抱えていた病気への嫌悪感や偏見が,この本を読んだことで一気に表に現れ出てしまった。「本を読む前には,もう戻れない」半ば悲壮とも言える覚悟を持って,私は中村ユキさんに会いに行った。
後日,中村さんから「初めて会った時あまりに夏苅さんが弱々しいので,私は遠慮して大人しくしていたのよ」と打ち明けられた。「まだ病気について受容できていない人にいろいろ言っても,辛くさせるだけだからね」と言われ,彼女から気遣ってもらっていたのを知った。その時の私は精神科医になって30年以上経っていたが,そんな臨床経験よりも中村さんの受容する力のほうが強かったのだ。逃げずに(逃げることもできずに)母親と38年間共に暮らした歳月が,彼女の強い気持ちを作ったのだと思う。
トライアスロンであることを認識して再び津田ホールのステージに立った私は,2年前とは家族・当事者としても精神科医としても考え方が大きく変わっていた。本稿では,その変化について述べてみたい。
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