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Ⅰ.まえがき
「履歴現象と機能的切断症状群--精神分裂病の生物学的理解」という論文42)は,本誌の創刊20周年記念号に掲載されたものであったから,もうじき10年が経過しようとしている。編集委員会からの要望は,この間の研究をまとめて欲しいということであったので,ここに提起された諸問題がその後どのように発展させられたかを辿ってみたいと考える。これは総説ではなくて,個人的な色彩の強い概観である。この論文の末尾に,「本論文は,分裂病の生物学的研究が,他の領域の研究におとらず魅力的で将来性に富むようになることを願って書かれたものである」と述べられている。執筆当時を振り返ってみると,その頃の我が国の精神医学の研究では,表面的には,社会・心理学的,人間学的な関心が強くて,生物学的関心を持つことは時代遅れで反動的であるかのようにさえ言われていた。これは,同じ時期にアメリカの精神医学が生物学的方向に転回を果たしたのと対照的で,まことに日本的な現象であった。例えば,一時期,多くの大学の研究室では生物学的研究が止まり,またこの論文に関係のあることを言えば,再発予防から発した「生活臨床」47)は患者を体制に順応させる操作技術であるとして非難する人々がいた。挿話的なことでは,1974年に,Ingvar, D. H. 18)が局所脳血流の研究から,慢性分裂病者の前頭葉に血流低下hypofrontalityがあるという注目すべき発表をしたのについて,わが国の精神医学界は,臺論文での指摘まで,ほとんど関心を示さなかった。分裂病の生物学的研究の再興した現状を省みて感慨なきを得ない。近年,我が国の分裂病研究斑による2つのシンポジウム17,32),アメリカでのTarrytownカンファレンス30)の内容に,それをうかがうことができる。
ある仮説や見解がその後の研究に意味を持ちうるのは,歴史の転換点に発表されることと関係があるようである。「履歴現象」論文もそのささやかな例と言えるかも知れない。
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