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Ⅰ.はじめに
精神医学は隣接する諸学問のうちでも法学とは密接な関係がある。まず第一に精神障害者の医学上の処遇などに関して精神衛生法および優生保護法があり,第二に精神障害者の精神的能力をめぐつて,刑法および民法においてそれぞれ責任能力(Schuldfählgkeit,Zurechnungsfähigkeit)と意思能力(Willensfähigkeit)の判定に精神医学が関係している。
従来,刑法における責任能力の問題は精神医学者および法律家にとつて関心のある重要な主題であつたけれども,民法における意思能力の問題はわが国においていずれの立場からも積極的な発言があまり見られず,その問題の重大さにもかかわらず,とくに精神医学において学問的な関心がほとんどはらわれなかつた。
法律は各国の実情に応じてそれぞれ独自性と特異性をもつており,いまここにとりあげようとする精神障害者の意思能力の有無に対する民法上の規定や取り扱いについても相違が見られる。***
民法では精神障害者の意思能力の有無に従つて,すなわち心神喪失・心神耗弱の常況にあるかどうかに従つて家庭裁判所がこれを無能力者として禁治産宣告・準禁治産宣告をなしうることを定めている。この無能力老制度は未成年者とともに,精神障害者の財産行為および一部他の法律行為を制限して,かれらを社会から保護することをたてまえとするものである。****
法律行為は行為者が健全な意思能力をもつていることを前提として,法律上の完全な効力を生ずるのであるが,無能力者(禁治産者・準禁治産者)にあつては行為時の意思能力の有無いかんにかかわらず法律上の行為が制限を受け,また効力を失うことになる。それゆえ,1人の人間が無能力者として宣告されるということはきわめて重大な事件であるといわねばならない。法律はその宣告にさいして,医師の精神鑑定が必要である旨を規定しているけれど,医師に課せられる責任と精神医学がはたす役割もまた重大である。
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