- 有料閲覧
- 文献概要
昔から研究者のかかる病気として(統計的)有意症(significantosis)が知られており,近年,パソコンで手軽に統計処理ができるようになったおかげで,この病気に罹患する初学者が増えたという。統計的検定においてp値が5%を前後することに一喜一憂する軽症から,研究の運命がかかっていると考える重症まで,程度はさまざまである。最も重篤な例では有意性を示す*印がないのに,あるように見えてしまう幻覚症状が生じ,捏造データが独り歩きして社会問題になることもあることは,世間を騒がせたiPS細胞の臨床応用をめぐる顛末で記憶に新しい。感染すると,ある一つの領域において研究施設内で簡単に蔓延するが,領域や施設が違うと感受性が極端に下がり,濃厚に曝露されても感染しないものである。所見の臨床的意義が全く見えなくなってしまう病態失認を必ず合併しており,有意性の意義(significance of significant)をはき違えてしまうことが病気の本態である。所見の確からしさを判定する際に,「有意性の*印はあくまで必要条件にすぎない,時には必要条件ですらない」ことを心得ているだけで感染しにくいものだが,いったん感染すると治療は難渋をきわめることが多い。
統計的に有意ということは観察された変化が医学的に有意義だという内容を含まないし,5%で有意よりも1%で有意のほうが大きく変化しているという直接的な内容も含まない。変化がないという帰無仮説が推計によって検討されるのみで,所見の解釈を行うことの外的動機付けにすぎない。実験計画の段階で想定された作業仮説が証明されたと考えることも危険で,たかだか,データは作業仮説と矛盾しなかったという程度であり,その証明は統計検定によるのではなく,医学における現実問題を扱うべきである。「有意」という言葉の統計的意味は検定統計量(t値)の定義式に端的に表わされている。t値とは標本平均と基準値の差を標準誤差で割った値であるから,定義式の分子にある標本平均と基準値の隔たりが区別できない程であっても,分母の標準誤差を小さくすればt値は大きくなる。標準誤差は標準偏差を症例数の平方根で割った値であるから,標準偏差が大きくても症例数を増やせばいくらでも分母を小さくできる。したがって,例数さえ稼げばどんな実験でも結果を有意にすることができる,つまり致死的なデータであっても諦めずに努力を続ければ計算上は蘇生させることが可能なのである。
Copyright © 2013, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.