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はじめに
精神分析は,現在の日本の精神科医の頭のなかでは,ほとんどぴんとこないものになっている可能性がある。私が日々行っているような,本来の形での精神分析実践,すなわち自費設定の個人開業で週数回の定期的セッションを持つプラクティスとしての精神分析は,ほとんどの読者の想像を超えているのかもしれない。カウチに患者を横たわらせて自由連想を課し,1時間弱の時間を患者と過ごすことを週に何度も何年もの間繰り返して,その患者のあり方の本質的な変化をもたらそうとするこの仕事を,ある意味時代に取り残された実践だと考える向きもあるだろう。過去においては,精神医学は力動的精神医学という形で精神分析が生み出した発想を取り込んできたのだが,昨今の日本の精神医療の現状を見ると,今や限られた地域や場所でしか,そうしたものに出会えなくなっていることも否めない。
ただ,精神分析は,2人の人間の関係のなかで起きることを徹底的に突き詰める実践であるという意味で,精神科臨床にとって本質的な知を供給できる可能性がある。それが,そうした実践をしながら精神科臨床も30年間実践してきた,私の実感である。
精神分析は,心的な苦しみを抱えた個人が専門家と対するときに生じる独特の関係性の取り扱いにその仕事の中心を置いてきた。転移,退行,抵抗といった概念でそうした関係性は記述されてきたのだが,そこにあるのは端的にいえば1つの間主体的な「できごと」である2)。そうしたできごとのなかで,長い時間をかけて患者のこころに変化が生じる。コミュニケーションはそうしたできごとの主要な側面の1つである。そこに起きるできごとは誰かが誰かに何かを伝えようとしているコミュニケーションとして理解することも可能なのである。
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