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私が現在所属している大学付属病院では数年間の準備,移行期間を経て2004年10月から入院病棟で,2005年4月からは外来での完全電子カルテ化が始まった。電子情報委員会ではシステム導入に当たり啓発活動を行った。その際電子カルテ化の意義を次の5点として挙げた。①ネットワーク型情報の共有:院内のみならず地域医療機関との連携が深まる。その結果重装備型大学病院と中軽装備型の医療機関の間でそれぞれの機能分担が可能となる。②大学病院内でのリエゾン医療の促進:一患者一カルテは,画面上で一人の患者の全体像を把握できる。したがって包括的全人医療の実践に大いに役立つ。③カルテ開示:電子カルテは医療者のメモ書きではない。患者の医療情報そのものである。したがって患者が自分の医療情報のコントロール権を持っている。患者に病状,治療内容,予後を説明することでカルテの開示を求めてくることも多くなる。医療者は医療行為を慎重に果たさねばならないという責任感を高める必要がある。それによって医療過誤ひいては訴訟を減少させることができる。④医療事故の減少:医療情報の共有化によって科をまたいで医療行為が確認でき,一貫した医療サーヴィスが可能となる。その結果医療事故も減らすことができる。⑤効率化:一患者一カルテとなることで各課が単独のカルテを作る必要がなくなる。カルテ記載の形式も共通化されるので事務量が減り,医療者は本来の業務に専心できる。このような趣旨説明を各種医療連絡会,全体集会で行い,PCリテラシーの向上を図り,かつ情報の管理と契約を結んだ人への情報の開示という倫理問題について自己責任の重要性を深める勉強会が頻繁に持たれた。
ところがいざ実施されてみると,現場から様々な問題が生じてきた。①発信者管理:入力者の責任と義務が著しく増加した。臨床の現場は一刻を争う事態がしばしば生じる。目前の医療行為を優先させなければならない。したがって電子カルテ記載は後回しになり,診療行為が終了後記載することになる。その結果誤入力がどうしても生じる。また入力作業は思いの他煩雑である。したがって必要最低限の記載にとどめようとする。②情報の共有化:情報の管理と情報の公開の間に横たわる矛盾が生じてきた。まずはプライバシーの保護である。作業効率を保持するために端末を常に接続状態にしておく。その結果アクセス権を持っている主治医以外の医療関係者が患者の情報を見ることができる。また参考資料として後日検討するための複写ないしは他の電子媒体への転写によって情報が外部に漏れる恐れが出てきた。③カルテ開示を前提とした記載:POS(Problem Oriented System)方式にカルテ記載が統一された。この方式は,患者の訴え,医者の診察結果,症状と所見,検査結果を基にした治療法の記入からなっている。病状の客観的記載,検査結果の記載および対処法の論理的記載には優れた方式ではある。しかし電子カルテは,数値情報,映像化情報,単語水準の単純な文字化情報にあふれることになった。無機質な内容となり,患者は疾患,病状からなる部分の集合になってしまう。
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