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村上先生に初めて声をかけていただいたのは,文部省科学研究がん特(太田班)での会合のときだったかと思う.外科医でありながら切除標本を利用して病理の仕事をされている偉い先生であることは存じ上げていた.病理のわかる村上先生のような外科医になりたいという思いが,院生として病理学教室の門を叩いた大きな理由の1つであった.太田班の当時の大きな研究課題は,胃癌の前癌病変は何かという問題であり,特に潰瘍と癌の関係についての議論が盛んであった.太田邦夫先生をはじめとする長与健夫,佐野量造,望月孝規,菅野晴夫先生など,錚々たる病理学者に互して,連続切片を駆使した先生の詳細な研究発表にはいつも強い感銘を受け,私にとって理想の外科医の姿を示して下さった.早期癌の潰瘍の中にみられる島状の正常粘膜が再生性であるという結論が出るまでに多くの議論があったが,この研究に先生は並々ならぬ情熱を注がれていたと思う.当時,米国がベトナム戦争で行っていた北爆に聖域(爆撃しない地域)があったのにならって,先生はこの再生性非癌性粘膜を“聖域”と名付けられ,新しい用語にはうるさい病理学者にもすんなりと受け入れられていたのを思い出す.ベトナム戦争を知らない若い人は“聖域”の意味はわからないであろうし,残念ながら今ではほとんど死語になってしまったように思う.班会議や早期癌研究で激しい議論の末に混乱に陥った際に,問題点を整理して上手にまとめるのはいつも先生の役割であったが,これも私にとって学ばせていただいたことの1つである.
当時は胃の過形成性ポリープは腺腫性ポリープと呼ばれており,前癌病変と考えられていた.ポリープの組織学的検索と連続切片による検索によって形態発生を明らかにし,ポリープの癌化率は高くないことを示した私の研究が,村上先生に高く評価されお誉めの言葉をいただいたことは生涯忘れえない感激であった.手間暇のかかる地味な研究に対して,先生の評価は立場を越えて常に公平であり賞賛を惜しまれなかった.
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