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3年前のある勉強会で著者と初めてお会いし,懇親会で「腹痛」の話で盛り上がった.腹痛診療で最も有名な教科書『Cope's Early Diagnosis of the Acute Abdomen』の最新版は22版で,現在は弟子に引き継がれて出版されているが,初期の版でCope自身が書いたある疾患の所見に対する考察が興味深く,身体診察を深めようとすると自然に古文書探しが必要となり,それが楽しいと著者はお話しされていた.医学が大きく進歩したのは1900年前後で,死後の解剖によってしか原因がわからなかった時代から技術革新により画像診断が可能となり診断技術は大幅に向上した.今のような検査機器がなかった時代は,病歴・身体診察のみから病態を考え,悩み,決断せざるを得なかった.医師の仕事とは,考えることだったのである.
さて,誰しも便意を催したときに,脂汗をかくほど強い腹痛を感じた経験をしたことがあるのではないだろうか.実際,排便に伴う腹痛で救急外来を受診する患者も決して少なくはない.激しい腹痛であっても,その原因は便秘症から消化管穿孔や大動脈解離まで重症度の幅は広い.またその診断は,画像検査を行っても容易でない場合もある.病歴・診察所見から十分に検討されないまま,腹痛の原因を腹痛+下痢+発熱は感染性腸炎,心窩部から右下腹部痛+McBurney点の圧痛は虫垂炎と短絡的な一発鑑別診断を行うと落とし穴にはまりかねない.本書は種々の腹痛の原因に対して,なぜ,どのような経過で生じるかを,診察所見の基となった1900年前後の文献から最新の文献まで,救急の第一線での筆者自身の経験を基に考察し,まとめられた本である.診断フローチャートなどを駆使した診断学の書籍とは違った内容で,考察の細かさは腹痛診療のアート本と言っても過言ではない.これほど知識に対して興味をそそられる内容は先述のCopeの教科書にもなかった.胃腸炎,便秘,虫垂炎,腸閉塞,胃・十二指腸潰瘍,胆囊・胆管炎など腹痛を生じるあらゆる疾患に対して,生理学・発生学・解剖学的,症候学的な観点から問診・身体診察所見にどのような意味があるのか,仮説とそれに基づいた考察がなされている.特にそれぞれの疾患ごとに,「内臓痛」「体性痛」「関連痛」の痛みを丁寧に分けて考察されているのが面白い.また,症例を提示しつつその曖昧さに至るまで,持論が述べられているところが超実践的である.
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